薈田 純一 写真展

  「Book Shelf」
  
「松丸本舗」の位相



会期=2011年3月7日[月]−3月12日[土]

会場=表参道画廊

主催=(株)ビーコンヒル
協賛=
(株)中央公論新社
後援=(株)松岡正剛事務所・丸善株式会社









Book Shelf
「松丸本舗」の位相




薈田純一



『「松岡正剛の書棚」という本を作ります。ついては撮影をお願いしたいのですが、場所は、2万冊を超える本が並ぶ松丸本舗です。ただ本がわかるように撮ってほしい』という依頼を「中央公論」編集部から受けた時、これは普通の撮影とは違うことになると思った。なぜならあそこは特別だからだ。

書棚のある「松丸本舗」は、迷路のような空間構成、光源、色彩、考え抜かれた書棚のかたち、選ばれた本、書棚への本の入れ方、並べ方……。下見させていただいた時から、全てが他のどの書店にも似ていない型破りの空間に抗いがたい魅力を感じた。

当初はその雰囲気をいかにして伝えるかがこの撮影の鍵となると考えていたが、「本の背表紙の文字が全て読めるように」との編集部の特別な意向が伝えられた時に、「“雰囲気”を伝えるだけでは、全く不十分なものになってしまう」と強く思った。そこで、撮影は2日ほどで終わると企画当初に編集部から伺っていた話は白紙に戻し、書物と書棚一つひとつに向かって愚直に対峙していこうと決めた。結果として深夜の撮影が3カ月つづいた。

書棚の一つひとつに向かい合うとは、いわば松丸本舗の全容を「解体」していく作業だ。そうして写真によって解体された部分をあらためて構築してみると、そこにもう一つの「松丸本舗」が現れてきた。それは、解体図でもあり全体図でもある。設計図でもあり完成図でもある。そして実物の“Duplicate”でありながら「松丸本舗」の別の相貌を確実に捉えたと思う。

 作品は松丸本舗の核心部分を成す本殿1から7まで全ての書棚を展開し、被写体の臨場感を細部から全体まで一望できるという、写真のネイチャーを最大限に発揮した大判のものとした。また一冊も余さず撮影し得たことで、いわば本殿の「ビジュアル総目録」ともいえるかもしれない。






 


Book Shelf 本殿6          薈田純一               









作家 薈田純一について



そこに「偶景」を見出せるなら、全ての対象は被写体となる

写真家・薈田純一の世界





「シューティング(shooting)」。写真を撮影するという意味の英語だが、その原義は「射撃」であり「狩猟」。すなわち、写真行為とは写真家が対象を仕留めるものらしい。しかし、もしそれが本当なのだとしたら、行為の主体としての写真家と客体としての被写体の関係性は、残酷なまでに非対称的なものと言わざるを得ないことになる。被写体は写真家に「撃ち抜かれる」だけの存在でしかないのだから。



 大学卒業後に入社した外国系写真通信社でフォトジャーナリストとしてのキャリアを順調に重ねていた薈田純一だが、一方でキャリアを積めば積むほどに、ある想いにとらわれるようになっていったという。「自分は本当に被写体と誠実に向き合っているのだろうか」「そもそも、写真家が被写体と向き合うとは、一体どういうことなのだろうか」



 そんな疑問を抱くようになったのも、もともと薈田がカメラマン志望ではなかったからかも知れない。元来、写真ではなく記事を書く「ブン屋」志望だった薈田にとって、被写体はただ仕留めるべき獲物ではなく、自己の存在を賭けて対峙すべき対象であるはずだった。だからフリーランスとして独立した後も、被写体にカメラで対峙してみる手段としてポートレートに精力的に取り組み、後年「Primary Days」とし て結実する一連の作品群の撮影を開始する。しかし、自らが納得できるかたちで作品に具現化できるまでには至らない。



 だがその過程を通して薈田は、自らの創作活動の軸となる主題とは何か、その答えをおぼろげながら掴むことになる。「偶景」を捉えること、それが主題なのだと。



 偶景とは、においや色、風景などをきっかけとして、身体的なセンセーションをともなって不意に思い出される記憶のこと。偶景は本来、個人的で断片的な心的イメージでしかないものだが、それらの断片が合わさると、時としてその総和を陵駕する圧倒的なイメージを閃かせる瞬間がある。その閃光こそが、自分の目指す写真の本質なのではないか、と。被写体と良好な関係性を築くことが良い表現を担保するわけではないと思い知らされた悪戦苦闘の末に、写真家・薈田純一の方向性は定まったのである。



それは、その後の薈田の作品群

「Destiny」

「Visions of Trees」

「Photosynthesis夜想樹たち」

「プライベート・チャイナ」

などの各シリーズに一貫してみることができる。「Destiny」では、南国フィリピンの路地で垣間見た圧倒的な原色の光景に、幼少期を過ごした神戸の裏町で嗅いだ饐えた倦怠感を、「Visions of Trees」「Photosynthesis夜想 樹たち」では深夜の都市の路傍に佇む樹々の姿に都会人の夜の心象風景を、それぞれ偶景として見出す。だからこそ、それらの作品群は薈田個人の記憶の域を超えて、観る者たちの記憶の奥の何かを、ざわざわと掻き立てる。偶景を媒介にして、写真家と被写体のパーソナルな関係性に、作品を観る第三者たる私たちもリンクされてしまう。すなわち、偶景を通して作品が全ての人にとってプライベートなものになるのだ。



 そこに偶景を見出せるなら、すべての対象は被写体となる。上記シリーズの成功によりその確かな手応えを得た薈田は、十年以上も前に取り掛かりながら、その後中断していた最初期の偶景にまつわる作品を「Primary Days」として発表 する。



この作品で薈田は、母校の小学校が閉校を迎える最後の一年間を丹念に追いつつ、個人的な追憶の域を超えた誰にとっても共感し得る普遍的な「懐かしさ」のイメージを定着させた。それは閉校の記録でありながら、見るもの一人ひとりの個人的な記憶を引き出すトリガー(引き金、きっかけ)として作用する、まさしく「偶景」そのものを主題としてきた一連の創作活動におけるマイルストーンとなったのだった。



その後も作品制作や雑誌などでの取材撮影など、精力的な創作活動に取り組んできた薈田は、ある書籍での撮影を通して、運命的な被写体とめぐり合うこととなる。それが、「書棚」だ。『松岡正剛の書棚??松丸本舗の挑戦』(著:松岡正剛、刊:中央公論新社)で撮影することになった「松丸本舗」での書棚の光景に、偶景を想起させる無数のトリガーを見出したのである。



それぞれが独立した世界を内包し、読書という強烈な内的体験の記憶を喚起する一冊の書物。それだけですでに偶景を想起させるに十分でありながら、それらが書棚で一堂に会することで立ち上がる、知のネットワークの多様性と拡張性は、「部分と全体」をめぐる偶景の実相を象徴的に表しているように思えてならない。その意味で、言わば書棚という偶景の巨大な地下鉱脈を掘り当ててしまったのだ。



写真家として、絶好の被写体に巡り合えた瞬間ほど高揚するものはない。書籍が刊行された直後から、薈田は取材時に一つひとつ丁寧に向き合って撮影したそれぞれの棚を、一つの書棚全体へと再構築する作業へと取り掛かる。そうして撮影・編集技法の限りを尽くしつつ、被写体と徹底的に対峙した結果完成に至った今回の作品は、実物の棚を実際に見るだけではわからない、一枚の写真が解体図でもあり完成図でもあるというべき新たな書棚の姿を映し出す作品へと仕上がった。



もともと写真といったイメージよりも、書物のナラティブな世界の方が親和性が高かったという薈田。写真行為に浸り切るに甘んじ得ず、写真表現の道へと進んだ写真作家の作品世界は、断じて仕留めた獲物のデモンストレーションではない。それは間違いなく、偶景をめぐる写真家と被写体との濃密な交感の記録である。もちろんそこに、作品を目にしたあなた自身の偶景を見出すのなら、写真家にとっても望外の喜びとなるだろう。





大越 忠洋(編集者・ライター)












 



□薈田純一(わいだじゅんいち)

兵庫県神戸市生まれ。
小、中学校時代を米国で過ごす。
写真記者としてGamma Presse Images (仏、通信社)に勤務。



1994 年 Gamma Presse Images 退社
2002 年 9 月 個展「Destiny」新宿コニカプラザ
2004 年 6 月 個展「Visions of Trees」新宿コニカミルタプラザ
2004 年 11 月 「千年紀城市にむかって」を「中央公論」誌上で発表
2004 年12 月 「プライベート・チャイナ」を「中央公論」誌上で発表
2005 年 12 月 第25 回新風社出版賞ビジュアル部門優秀賞受賞 「サンクチュアリ」
2007 年 8 月 個展「Photosynthesis 夜想樹たち」新宿コニカミノルタプラザ   連載「Photosynthesis 夜想樹たち」中央公論
2008 年 8 月 個展「Primary Days」オリンパスプラザ東京
2008 年 12 月 個展「Primary Days」オリンパスプラザ大阪
2009 年 4 月 個展「Visions of Trees Projected」MUSSE F /表参道画廊
2011 年 3 月 個展「Book Shelf」表参道画廊





1996 年〜99 年 作家リービ英雄氏と「東北再発見の旅」「時刻表の行間」を「婦人公論」誌上で連載する。
人物ポートレート、「偶景」をテーマに撮影を始める。

2000 年 リービ英雄氏著作『最後の国境への旅』装丁写真。

2001 年 リービ英雄氏著作『日本語を書く部屋』装丁写真。

2002 年 詩人アーサー・ビナード氏と「近景・遠景」を「中央公論」誌上で連載する。

2007 年 リービ英雄氏著作『越境の声』装丁写真。

2010 年 作家石田衣良氏著作『大人になるということ』装丁写真に「Visions of Trees」「Photosynthesis 夜想樹たち」が起用される。

2010 年 作家・編集者松岡正剛氏著作『松岡正剛の書棚』刊行 全写真撮影を行う。

今後の予定
2011 年3 月 写真展「Book Shelf」

2011 年5 月、6 月 写真展「プライベート・チャイナ」

2011 年12 月 書棚関連次期作品発表  



アサヒカメラ2002 年9 月号
アサヒカメラ2004 年9 月号
アサヒカメラ2008 年7 月号