march 2010
 
ザッキン美術館
 

Musee Zadkine






100bis, rue d'Assas
75006 Paris
www.zadkine.paris.fr




 


























 サンジェルマン・デ・プレから南に歩くとリュクサンブール公園が拡がる。この界隈はパリ第5,6大学(医学部)や法学・経済のパリ第2大学をはじめ、様々な専門学校やリセが集まる学生街で、お昼時には近くのパン屋さんに行列ができ、公園で日向ぼっこをしながらのランチが賑やかなパリらしい場所である。

 近代建築である大学の壁と隣の建物の隙間は窓一つ分も無いほどであるが、隙間を奥に進むと、突然緑に囲まれた空間が現れ、奥に続く庭には作品が所々に置かれ、作家のアトリエであったザッキン美術館が見える。

 オシップ・ザッキンは、ロシアの地方大学で(ベラルーシ)ユダヤ系の語学教師の父親のもとに生まれ、母親の出身であるイギリス北部の工芸美術大学で語学・造形学を学んだ後、1909年にパリに渡った。エコール・ド・パリの主要メンバーとなり、外国人芸術家たちが多く住む共同アトリエの「ラ・ルーシュ」(蜂の巣)の住人となり、ピカソやモディリアニーや藤田嗣治と知り合った。

 1920年には藤田を証人とし、アルジェリア出身の女流画家のプラックスと結婚し、28年に現在のアトリエ兼自宅を購入した。1967年にザッキンが77歳で他界してからはプラックスがここに暮らし、1981年に亡くなると遺産全てがパリ市に遺贈され美術館として翌年から一般公開されている。

 作家活動としては第二次大戦時はアメリカに渡るが戦後すぐにアトリエに戻り、1950年にはベネチア・ビエンナーレで「彫刻大賞」、1960年には「芸術国家大賞」を受賞し、62年からは、エコール・デ・ボザール(国立美術学校)で教鞭をとった。

 彫刻家として認知されているが、平面やリトグラフなどの作品もある。当時の潮流であったキュービズム運動(1914-1925)の中で制作していったが、後にはアフリカン・アート(原始美術)の影響のもと独自の力強い作風を確立した。

 しかし、館内を一巡していると作家のより繊細な感性に気づかされる。のっぺりとした顔の女性像は脈打つひだとその先にそっと置かれた素足に限りない愛情を注ぎ、その内面をも表現しているかのようである。また、戦争体験の影響も大きく、「破壊された都市」(1953)は最も有名だが、群像が多く見られるのもなにか関係しているような印象である。

 美術館の入り口は、突き当たりに見える六角形のホールから右手に行った所にある。手前には倉庫のような建物があり、以前来た時には、日本人作家の展示をしていた。因みに今回は展示はなく、特別展のときのみ有料になるが、普段は無料なのも嬉しい。

 


 
 
 



 


 

●linlin


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