Aug 2009
 

ギュスターヴ・モロー美術館

Musee Gustave Moreau



14, rue de la Rochefoucauld 75009
www.musee-moreau.fr


 


































 サロメを描いた《出現》(1876年頃)で有名なギュスターヴ・モローのアトリエ兼自宅を訪ねた。

 モローは、1826年4月6日にパリに生まれ、1852年から亡くなる1898年までこの4階建ての館に居住した。遺言により「ギュスターヴ・モロー美術館」として公開されている。父は建築技官、母は音楽家と、芸術に理解のある裕福な家庭だった。

 2階は、食堂、寝室、書斎などがあり、3,4階はかつてのアトリエ部分となっているが、全フロアとも壁という壁は作品で埋め尽くされている。3階には、デッサン専用の収納棚もあり、スツールに座ってゆっくり鑑賞できる。3階から4階には曲線の優雅な螺旋階段があり、3階の天井付近に飾られた作品が間近に見える。

 フランスの象徴主義の画家であるモローは、神話や聖書を題材にした幻想的な作風で知られている。当時の美術学校では、物語を伝える作品を描くことが必修科目の一つであったため、この時代の絵画作品には明確な典拠があるものが多い。しかし、モローは、伝統的な物語を「男」と「女」の葛藤として描き、当時の保守的なサロンでは物議をかもした。その後、次第にサロンから遠ざかり、この屋敷にこもって制作を続けた、といわれている。

 1892年にドローネーの後任としてエコール・デ・ボザール(官立美術学校)の教授になったモローの指導方針は、弟子達の個性を尊重し、その才能を自由にのばすことであった。ここからは、マティスやルオー、マルケなどが教え子として生まれている。

 冒頭のサロメは、新約聖書の「マルコによる福音書」を典拠としている。王ヘデロは宴席でのサロメの舞に夢中になってしまい、「望みのものをなんでもあげよう。」と約束してしまう。サロメは母ヘロデアの願いで、盆にのせた洗礼者ヨハネの首を所望する。そして、ヨハネは断罪に処されてしまう。

 肉体的・精神的に女が男を誘惑している図をモローは聖書や神話に求めたが、「女というものは、そもそもが無自覚な存在であり・・未知と神秘に夢中で、背徳的・悪魔的な誘惑というかたちであらわれる悪に心を奪われる」と解説している。・・恐れ、嫌悪しながらも魅了される女性像なのであろう。

 ところで同じモチーフでは、カラヴァッジョの《洗礼者ヨハネの首を持つサロメ》が有名で、「生首」は19世紀絵画のアトリビュートとして四つの典拠を持っている。モローの《出現》は、盆にのせた「生首」ではないがやや変形したものである。

 「生首」をお盆ではなく竪琴にのせ抱えている美しい女性は、モローの《オルフェウス》(1865)で、ギリシャ神話に登場する竪琴の名手である。蛇にかまれて命を落とした最愛の妻を連れ戻しに冥界に降り、許しを得るが、地上に戻るまで振り向いて妻の顔を見てはいけないという約束を守れず、妻を失い、自分も八つ裂きにされてしまう、という話はどこかで耳にしたことがあると思う。

 モローの描く女たちの官能的な中にも凛々しく、力強く、挑発的な様相は、今日にはごく自然な印象を持って受け入れられているように感じるのは、現代の恐るべし女性の出現ゆえか?





 
  
 



 


 


 

●linlin


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